フルーツ生活の記録 1週目

 

初日 朝桃、日中バナナ・プラム・アーモンド、夕飯前に梨

2日目 朝桃、日中バナナ・りんご・アーモンド、夕飯前に梨・イチジク

3日目 朝梨 イチジク、日中バナナ・プラム・キウイ・アーモンド、夕飯前にイチジク

 4日目 朝梨、日中バナナ・プチトマト・プラム

空腹がひどい。バナナで一時的に満たしてもしばらくするとすぐ減ってる。アーモンドがなくて果物ばかり食べているせいか?

そりゃそうか。今はもう21時。さすがに24時間果物だけだとお腹すく。

 

5・6日目 週末は外食が続き実行できず。

 

7日目 朝桃・美味しいパンがあったので食べてもうた。
    日中イチジク・キウイ・なす・プチトマト・枝豆・じゃこ納豆笑

フルーツ生活

果物が好きなので、

「毎日果物だけ食べていいならそんな幸せなことはない」

といったら、そういう生活を続けている人が実際にいると聞いた!

 

 

マツコの知らない世界に出たみたい。

二次情報をネットから収集すると、

・果物が身体に悪くないということを身をもって調べるために、すべての食事をフルーツにしているらしい。

・フルーツは、植物の実をすべてさすので、いわゆる果実(みかん、りんご、バナナなど)のほか、果実系野菜(トマト、ナス、きゅうりなど)やナッツ類(アーモンド、カシューナッツなど)も含まれるらしい。

・水分もフルーツから撮るため、水なども一切飲まないらしい。

・お腹がすいたり、喉が渇いたと感じたりしたときに、そのつど摂取するので、3度の食事、という概念はないらしい。

・塩分だけは不足するので塩を舐めるらしい。

・運動はけっこうやってるらしい。

・もう7年以上続けているが、身体はすこぶる健康らしい。

 

ameblo.jp

 

なんと!果物だけ食べてていいなんて、私にとっては夢のような世界…

さっそく取り入れてみることにした。影響されやすいのだ。

ただ、正直身体にいいとはとても思えないので(特に女性には。生理止まりそう。骨がスカスカになりそう。)、朝起きてから日中に導入して、夕飯は通常通り食べることにした。

特にたんぱく質を摂取するよう心がける。

 

調べて、こんな本を購入してみた↓

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まだ読みかけだがアドバイスが簡潔で実行しやすく非常に良い。

著者は、3日間、すべての食事をフルーツに置き換える「フルーツ断食」を薦めている。

確かに、飲みすぎたり、暴飲暴食が続いたり、身体が弱っているときにリセットの気持ちで取り入れるといいかも。

 

 

しばらくやってみて、変化があればまたここに書くことにしよう。

今心がけているのは、なるべくいろんな種類のフルーツを食べて偏らないようにすること。

アレルギーの観点からもね。

さぁ、いつまで続くかな。

 

 

 

「高齢の両親が亡くなった人に『よくあること』とは言わない」

www.asahi.com

 

 事実を指摘することが正しいとは限らない。

これは人間社会の真理だけれど、それが機能しないシーンが多いことも事実。

この記事で述べられている、流産・死産経験者への慰めの言葉たちは、まさにそれだ。

 

「よくあること」

確かに、一定の確率で起きる。そんなのわかっているけど今の悲しみとは何の関係もない。

 

「上の子がいてよかったね」

確かに、そういう一面もある。でも悲しみがなくなるわけではないし、お前にいわれたくない。

 

聞かされた方、慰める方の大変さもわかる。
特に、夫婦の両親なんかは、自分も孫ができるはずだったのにだめになってしまったのだからショックを受けているだろうし、自分を納得させるための言葉を自分の息子や娘に言ってしまうこともあると思う。私の母がそんな感じだった。

今なら母の気持ちも理解できる。でも、それって本人たちを傷つけるだけで、「親なのにわかってくれない」という溝を生むだけなんだよな…

むしろ、一緒に悲しい気持ちを共有する時間のほうが大事だと思う。

この記事でカウンセラーの人が、「無理に慰めようとしなくていい」ということを言っていて、本当にその通りだと思う。聞いてほしいときもある。聞かれたくないときもある。そんなわがままを、ただ許してほしい。相手も、何も言ってくれなくていいときもある。ただ流してくれればいい。わがままを許してください。

 

 

今年の夏、持病が悪化して自分の中を見つめなおしたときに、まだ悲しみが続いてるって気づいた。それは、友人の妊娠報告を聞いたとき、自分より後に結婚した芸能人が出産したという報道を見たとき、そうした不意打ちの瞬間にペリペリとかさぶたが破れてあふれ出てくる。
防ぎようのないこと。
防がなくてもいいんだ。
流れるままにしておこう。それで日常生活が送れなくなっているわけではないのだから。

 

私のわがままを許してくれて、悲しみを共有してくれる人に感謝。

生きるエネルギーが低下しているとき

生きるエネルギーが低下していると感じ初めたのは去年の夏前か。

生きるエネルギーというか、仕事への情熱、何かを知りたいと思う好奇心、

そういったものが心のすり減りと共に失われたような感覚。

こんなんじゃダメだ、って強烈に思った去年の夏を覚えている。

でもどうしようもなくて、遊びや日常の楽しいことに逃げてきた。

そうやって辛いことから目を背けていたように思う。

プライベートは日々ハッピーだったし。

だけど、それだけじゃだめなんだ。

 

 

 

 

エネルギーは今も取り戻せていない。

でも、取り戻すきっかけが手に入りそうな気がしている。

もう8月も3分の1が終わりつつあるけれど、去年の二の舞はごめんだ。

 

 

 

生きるエネルギーが低下しているときは、ちょっと逃げても良いんじゃないかと思う。

大事なことは、こんなんじゃだめだ、抜け出したい、って思えるようになるか、

そして思えたときに頑張れるか。

 

 

 

何かのためや誰かのためになること。

何かを生み出すこと。

それができた方が人生は豊で人としての責任を果たせるのだろうけれど、

それはあくまで結果的にそうなるってことなんだと思う。

 

 

 

自分の中にくすぶっていそうな煙を、ちゃんと火にしたい。

夢で気づかされる本音

夫と別れたという夢を見た。

昔付き合っていた頃に別れた時に戻ったのかもしれなかった。

なんで別れたのかわからず、途方にくれて、焦燥感と喪失感で苦しかった。

夫を探し続けた。

目が覚めて、隣に夫がいて、安堵で全身の力が抜けた。

思わずくっついたけど暑苦しかった。

暑い、と怒られた。

でも、夢の中で味わった苦しさに比べれば、暑苦しさは幸福の象徴。

大事にしなきゃと思う。自分のためにも。




仕事と生活

自分には仕事と睡眠しかない、むしろそれしか要らない、
という人がいて。
 
若いときの私は、そういう男の人に熱を上げやすかったけれど、大人になってみると、そういう人とは生きては行けないだろうなー、、、(だって、誰がご飯作るの?買い出しするの?茶碗洗うの?風呂洗うの?パンツ洗うの?掃除するの?衣替えするの?水回りのカビ取るの?エアコン掃除するの?子供のお迎えは?ご飯は?病院は?遊び相手は?)
って思ってしまって寂しい。
 

アカデミー賞2017ノミネート作品

去る1月24日に、第89回アカデミー賞(2017)のノミネート作品が発表された。

2017年 第89回 アカデミー賞特集 - 映画のことなら映画.com

 

作品賞、監督賞、主演女優・男優賞だけぱっとみたが、うーん、好みの映画はなさそう。

例年のごとく日本未公開作品が多いので観ていない作品ばかりではある。しかし、アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための映画賞であって、映画作品を純粋に評価するものではないなと、これも例年のごとく思うわけである。

近年の白人主義傾向に対する批判から、ムーンライトやHidden Figures、LION ライオン 25年目のただいまといった作品がノミネートされている。でもあらすじを観ただけで、ムーンライトやHidding Figuresは黒人だけに光を当てているというか、人種の分断があるからこそ作品になる題材のように思えて仕方がない。メルギブソン監督作品のハクソー・リッジも、戦争映画と言うことで感動も共感もできなさそう、、、(アメリカン・スナイパーの反省)。

一方で、イーストウッドもスコセッシも、トムハンクスもスルーなんだ~でもメリルストリープはOKなんだ~という驚きも。大人の事情感が垣間見えて、しらけるね。

 

子供の頃は、映画の祭典といえば米国アカデミー賞!と思っていたけれど(日本のマスコミでは、他の国際映画祭は今ほど取り上げられることがなかったので)、大人になればなるほど、縁遠く、異質な者に感じる傾向が強まる。それだけ、賞など関係なしに良い映画が増えているのかもしれない。