生きるエネルギーが低下しているとき

生きるエネルギーが低下していると感じ初めたのは去年の夏前か。

生きるエネルギーというか、仕事への情熱、何かを知りたいと思う好奇心、

そういったものが心のすり減りと共に失われたような感覚。

こんなんじゃダメだ、って強烈に思った去年の夏を覚えている。

でもどうしようもなくて、遊びや日常の楽しいことに逃げてきた。

そうやって辛いことから目を背けていたように思う。

プライベートは日々ハッピーだったし。

だけど、それだけじゃだめなんだ。

 

 

 

 

エネルギーは今も取り戻せていない。

でも、取り戻すきっかけが手に入りそうな気がしている。

もう8月も3分の1が終わりつつあるけれど、去年の二の舞はごめんだ。

 

 

 

生きるエネルギーが低下しているときは、ちょっと逃げても良いんじゃないかと思う。

大事なことは、こんなんじゃだめだ、抜け出したい、って思えるようになるか、

そして思えたときに頑張れるか。

 

 

 

何かのためや誰かのためになること。

何かを生み出すこと。

それができた方が人生は豊で人としての責任を果たせるのだろうけれど、

それはあくまで結果的にそうなるってことなんだと思う。

 

 

 

自分の中にくすぶっていそうな煙を、ちゃんと火にしたい。

夢で気づかされる本音

夫と別れたという夢を見た。

昔付き合っていた頃に別れた時に戻ったのかもしれなかった。

なんで別れたのかわからず、途方にくれて、焦燥感と喪失感で苦しかった。

夫を探し続けた。

目が覚めて、隣に夫がいて、安堵で全身の力が抜けた。

思わずくっついたけど暑苦しかった。

暑い、と怒られた。

でも、夢の中で味わった苦しさに比べれば、暑苦しさは幸福の象徴。

大事にしなきゃと思う。自分のためにも。




仕事と生活

自分には仕事と睡眠しかない、むしろそれしか要らない、
という人がいて。
 
若いときの私は、そういう男の人に熱を上げやすかったけれど、大人になってみると、そういう人とは生きては行けないだろうなー、、、(だって、誰がご飯作るの?買い出しするの?茶碗洗うの?風呂洗うの?パンツ洗うの?掃除するの?衣替えするの?水回りのカビ取るの?エアコン掃除するの?子供のお迎えは?ご飯は?病院は?遊び相手は?)
って思ってしまって寂しい。
 

アカデミー賞2017ノミネート作品

去る1月24日に、第89回アカデミー賞(2017)のノミネート作品が発表された。

2017年 第89回 アカデミー賞特集 - 映画のことなら映画.com

 

作品賞、監督賞、主演女優・男優賞だけぱっとみたが、うーん、好みの映画はなさそう。

例年のごとく日本未公開作品が多いので観ていない作品ばかりではある。しかし、アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための映画賞であって、映画作品を純粋に評価するものではないなと、これも例年のごとく思うわけである。

近年の白人主義傾向に対する批判から、ムーンライトやHidden Figures、LION ライオン 25年目のただいまといった作品がノミネートされている。でもあらすじを観ただけで、ムーンライトやHidding Figuresは黒人だけに光を当てているというか、人種の分断があるからこそ作品になる題材のように思えて仕方がない。メルギブソン監督作品のハクソー・リッジも、戦争映画と言うことで感動も共感もできなさそう、、、(アメリカン・スナイパーの反省)。

一方で、イーストウッドもスコセッシも、トムハンクスもスルーなんだ~でもメリルストリープはOKなんだ~という驚きも。大人の事情感が垣間見えて、しらけるね。

 

子供の頃は、映画の祭典といえば米国アカデミー賞!と思っていたけれど(日本のマスコミでは、他の国際映画祭は今ほど取り上げられることがなかったので)、大人になればなるほど、縁遠く、異質な者に感じる傾向が強まる。それだけ、賞など関係なしに良い映画が増えているのかもしれない。

稽留流産のこと8 (終)

術後12日目に夜間の出血がなくなり、ナプキンはいつしかパンティライナーになり、そして術後18日後、ついに何もつけなくても大丈夫になった。もう少し前から大丈夫そうではあったが。他の人のブログ情報でも、2週間くらいで出血が止まるという話が書かれていたが、だいたい一致する。


最後の診察は、摘出した組織の細胞診の結果。何が取れたのかと、その中に胞状奇胎(がん的なものらしい)がないかどうかを調べる。特に異常はなく。これで全て終了。

次の妊娠は、2〜3回生理を見送って子宮の中を綺麗にしてからだそう。それまでの間も性交渉は可能だが、避妊をするようにとのこと。次の生理は、1ヶ月以内にくる人が多いようだが、2ヶ月経っても来なかったら受診してくださいと言われた。


稽留流産を言われてから1ヶ月弱。あっという間のことだった。初めての出来事、初めての感情、人生にはいろいろあるのだと改めて知ることができた。生まれる命は奇跡の塊で、できる(妊娠する)までが大変、生まれるまでも大変、生まれてからも大変。何という偶然と幸運の上に成り立っているのだろう。必然が入る余地なんてあるのかしら?とさえ思ってしまう。

そして、人にはそれぞれ、口には出さない悲しみや辛い経験があるのだということ。その大きさや性質は人それぞれだけれど、比較できるものではない。余計な口を出さないけれど他人を気遣えて労われる人を、とても尊敬するけれど、そういう人は自分が悲しみや痛みを抱えているからかもしれない。私も少しは、人への思いやりを持てるようになっただろうか。口には出さなくても、態度で伝わることもある。思いやりのある人になりたい。

稽留流産のこと7

しばらく休んだせいで職場復帰後から慌ただしい。

妊娠週数がかなり早期だったこともあり、妊娠・流産のことは、直属の上司と一緒のチームの責任者にだけ伝えていた。

周りは何の体調不良か知らず、気を使ってくれていたが、笑顔で「ご心配おかけしました。もう大丈夫です!」といえばそれ以上聞かれることはなかった。実際、身体はかなり元気だと感じていた。

そんな感じで普通に過ごしていた中で、思わぬ事故(?)に遭遇。実は職場に、私より少し前に妊娠した女性がいた。すでに安定期の頃。その彼女の姿を久々に見た瞬間、心に大きな波風が立った。人前では普通にできた、当人とも会話できた、が、デスクに戻った瞬間、涙が溢れ出てきてしまいトイレに駆け込んだ。必死に堪える。人に見られるわけには行かない。でも止められなかった。嗚咽を噛み殺しても涙が次から次に出てくる。脳裏には彼女の幸せそうな表情と自分の赤ちゃんのエコー写真が浮かぶ。

ーーあー、私、やっぱりショックだったんだなー

と気付かされた瞬間だった。手術への不安と、それが上手くいった安心感とで、流産自体に対する感情が隠されていたみたい。初めてちゃんと悲しみに向き合えた。カサブタはできたかもしれないけどその下にはヒリヒリ。

マスクとメガネでその後の仕事を何とか乗り切り、帰宅後、夫の前で、今度は号泣した。夜になっても、妊婦の彼女の幸せそうな顔を思い出すだけで涙が止まらない。オイオイ声に出して子供みたいに泣いた。

彼女が羨ましいんじゃない、彼女が元気なのは嬉しい、でも見ると涙が出てしまうんだと言う私に、「わかってるよ。人は人だよ。でも泣ける時は泣いたらいい」といって背中を撫でててくれた。

たぶん、悲しみの感情は箱の中にしまわれていて日常生活の中で開くことはないけれど、彼女の顔を見ると自動的にぱかっと蓋が開いてしまうんだ。カサブタがカサカサに完成するまでは、彼女と会わないようにしようと決めた。


そうやって、全部が以前の通りとはいかないながらも、普通の毎日が始まった。



続く。

稽留流産のこと6

手術翌日。やはり夜中は何度かうなされて目が覚めたため、朝は起床時間の後もウダウダと横になって寝ていた。何度かドドッと出血した感覚があったので、残ってる分はもう出たんじゃないかなという気がしていた。

いよいよ診察。しかし、エコーで診てもらうと、まだ血のたまりが残っているということだった。昨日の「出血量が多かった」発言が気になっていたので、念のために「それは今も中で出血し続けているということですか?」と聞くと、出血は出血だけど、手術で取りきれなかった残りがまだ残っているのだというような説明を受ける。

私が心配しているような、子宮の中が傷ついたとか、そういうことじゃないみたい。看護師さんも手術がうまく行って良かったね、みたいなことを言ってくれたし。まぁとりあえず安心していいのかな。

そして退院の許可が出た!ただ、残っている分が出てくるように、子宮収縮のお薬と抗生剤が追加で5日分出された。ブログ情報では、この子宮収縮のお薬で、お腹がけっこう痛くなるらしい。しかし早く出て欲しいから仕方ない。

退院後の注意は、

お風呂はシャワーのみで湯船はダメ、2〜3日は安静にしていること、生理2日目くらいの出血が長く続くようだったら電話をして病院に来て、

くらいだったかな。次の診察は1週間後。

無事に退院手続き。この日も天気が良く助かった。思えば、丸2日間太陽光を浴びていなかった。太陽って大事!日光浴がしたくて昼食がてら少し散歩をする。寒くても嬉しい。

飲食制限がないおかげで好きなものを食べて過ごした。病院食は美味しかったけれど、やはり味気ない食器で病室で食べるのでは、楽しくない。調子に乗ってマックのポテトまで食べてしまった。


それから数日は家の中で、洗濯するくらいは動いたけれど、あとは安静にゴロゴロ過ごした。出血は生理2日目くらいのが続いていて、夜用ナプキンor多い日昼用が必須という感じ。そして術後2日目、何となくお腹と腰が気持ち悪いなぁ、、、と思い、夕方から2時間ほど昼寝をした後、トイレに行くと直径2cmくらいの丸々した血の塊が出た。おおお、と思わず凝視したが速攻でトイレにバイバイ。後から、保存して先生のところに持って言った方が良かったのかも、と後悔したが、5日間も持っていたくないし、きっと新鮮じゃないと意味がないだろうと納得した。

これが先生が言ってた残りの溜まりだろうと思われたので、出てくれてホッとした。これから出血も減るはず!と、元気が出る。


とはいえ、すぐには出血は収まらなかった。徐々に量は減っているようだったが、それからも3日くらいは多い日昼用がいる感じで、身体も全快とまでは行かず、電車に乗ったり人混みの中を歩いたりする勇気がなく、家でゴロゴロしていた。術後6日目には、生理5日目くらいの量に収まり、元気も取り戻してお気に入りのカフェに行けるほどに回復。薬もこの日で終了。さぁ、職場復帰も目前だ。



続く。