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仕事と生活

自分には仕事と睡眠しかない、むしろそれしか要らない、
という人がいて。
 
若いときの私は、そういう男の人に熱を上げやすかったけれど、大人になってみると、そういう人とは生きては行けないだろうなー、、、(だって、誰がご飯作るの?買い出しするの?茶碗洗うの?風呂洗うの?パンツ洗うの?掃除するの?衣替えするの?水回りのカビ取るの?エアコン掃除するの?子供のお迎えは?ご飯は?病院は?遊び相手は?)
って思ってしまって寂しい。
 

アカデミー賞2017ノミネート作品

去る1月24日に、第89回アカデミー賞(2017)のノミネート作品が発表された。

2017年 第89回 アカデミー賞特集 - 映画のことなら映画.com

 

作品賞、監督賞、主演女優・男優賞だけぱっとみたが、うーん、好みの映画はなさそう。

例年のごとく日本未公開作品が多いので観ていない作品ばかりではある。しかし、アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための映画賞であって、映画作品を純粋に評価するものではないなと、これも例年のごとく思うわけである。

近年の白人主義傾向に対する批判から、ムーンライトやHidden Figures、LION ライオン 25年目のただいまといった作品がノミネートされている。でもあらすじを観ただけで、ムーンライトやHidding Figuresは黒人だけに光を当てているというか、人種の分断があるからこそ作品になる題材のように思えて仕方がない。メルギブソン監督作品のハクソー・リッジも、戦争映画と言うことで感動も共感もできなさそう、、、(アメリカン・スナイパーの反省)。

一方で、イーストウッドもスコセッシも、トムハンクスもスルーなんだ~でもメリルストリープはOKなんだ~という驚きも。大人の事情感が垣間見えて、しらけるね。

 

子供の頃は、映画の祭典といえば米国アカデミー賞!と思っていたけれど(日本のマスコミでは、他の国際映画祭は今ほど取り上げられることがなかったので)、大人になればなるほど、縁遠く、異質な者に感じる傾向が強まる。それだけ、賞など関係なしに良い映画が増えているのかもしれない。

稽留流産のこと8 (終)

術後12日目に夜間の出血がなくなり、ナプキンはいつしかパンティライナーになり、そして術後18日後、ついに何もつけなくても大丈夫になった。もう少し前から大丈夫そうではあったが。他の人のブログ情報でも、2週間くらいで出血が止まるという話が書かれていたが、だいたい一致する。


最後の診察は、摘出した組織の細胞診の結果。何が取れたのかと、その中に胞状奇胎(がん的なものらしい)がないかどうかを調べる。特に異常はなく。これで全て終了。

次の妊娠は、2〜3回生理を見送って子宮の中を綺麗にしてからだそう。それまでの間も性交渉は可能だが、避妊をするようにとのこと。次の生理は、1ヶ月以内にくる人が多いようだが、2ヶ月経っても来なかったら受診してくださいと言われた。


稽留流産を言われてから1ヶ月弱。あっという間のことだった。初めての出来事、初めての感情、人生にはいろいろあるのだと改めて知ることができた。生まれる命は奇跡の塊で、できる(妊娠する)までが大変、生まれるまでも大変、生まれてからも大変。何という偶然と幸運の上に成り立っているのだろう。必然が入る余地なんてあるのかしら?とさえ思ってしまう。

そして、人にはそれぞれ、口には出さない悲しみや辛い経験があるのだということ。その大きさや性質は人それぞれだけれど、比較できるものではない。余計な口を出さないけれど他人を気遣えて労われる人を、とても尊敬するけれど、そういう人は自分が悲しみや痛みを抱えているからかもしれない。私も少しは、人への思いやりを持てるようになっただろうか。口には出さなくても、態度で伝わることもある。思いやりのある人になりたい。

稽留流産のこと7

しばらく休んだせいで職場復帰後から慌ただしい。

妊娠週数がかなり早期だったこともあり、妊娠・流産のことは、直属の上司と一緒のチームの責任者にだけ伝えていた。

周りは何の体調不良か知らず、気を使ってくれていたが、笑顔で「ご心配おかけしました。もう大丈夫です!」といえばそれ以上聞かれることはなかった。実際、身体はかなり元気だと感じていた。

そんな感じで普通に過ごしていた中で、思わぬ事故(?)に遭遇。実は職場に、私より少し前に妊娠した女性がいた。すでに安定期の頃。その彼女の姿を久々に見た瞬間、心に大きな波風が立った。人前では普通にできた、当人とも会話できた、が、デスクに戻った瞬間、涙が溢れ出てきてしまいトイレに駆け込んだ。必死に堪える。人に見られるわけには行かない。でも止められなかった。嗚咽を噛み殺しても涙が次から次に出てくる。脳裏には彼女の幸せそうな表情と自分の赤ちゃんのエコー写真が浮かぶ。

ーーあー、私、やっぱりショックだったんだなー

と気付かされた瞬間だった。手術への不安と、それが上手くいった安心感とで、流産自体に対する感情が隠されていたみたい。初めてちゃんと悲しみに向き合えた。カサブタはできたかもしれないけどその下にはヒリヒリ。

マスクとメガネでその後の仕事を何とか乗り切り、帰宅後、夫の前で、今度は号泣した。夜になっても、妊婦の彼女の幸せそうな顔を思い出すだけで涙が止まらない。オイオイ声に出して子供みたいに泣いた。

彼女が羨ましいんじゃない、彼女が元気なのは嬉しい、でも見ると涙が出てしまうんだと言う私に、「わかってるよ。人は人だよ。でも泣ける時は泣いたらいい」といって背中を撫でててくれた。

たぶん、悲しみの感情は箱の中にしまわれていて日常生活の中で開くことはないけれど、彼女の顔を見ると自動的にぱかっと蓋が開いてしまうんだ。カサブタがカサカサに完成するまでは、彼女と会わないようにしようと決めた。


そうやって、全部が以前の通りとはいかないながらも、普通の毎日が始まった。



続く。

稽留流産のこと6

手術翌日。やはり夜中は何度かうなされて目が覚めたため、朝は起床時間の後もウダウダと横になって寝ていた。何度かドドッと出血した感覚があったので、残ってる分はもう出たんじゃないかなという気がしていた。

いよいよ診察。しかし、エコーで診てもらうと、まだ血のたまりが残っているということだった。昨日の「出血量が多かった」発言が気になっていたので、念のために「それは今も中で出血し続けているということですか?」と聞くと、出血は出血だけど、手術で取りきれなかった残りがまだ残っているのだというような説明を受ける。

私が心配しているような、子宮の中が傷ついたとか、そういうことじゃないみたい。看護師さんも手術がうまく行って良かったね、みたいなことを言ってくれたし。まぁとりあえず安心していいのかな。

そして退院の許可が出た!ただ、残っている分が出てくるように、子宮収縮のお薬と抗生剤が追加で5日分出された。ブログ情報では、この子宮収縮のお薬で、お腹がけっこう痛くなるらしい。しかし早く出て欲しいから仕方ない。

退院後の注意は、

お風呂はシャワーのみで湯船はダメ、2〜3日は安静にしていること、生理2日目くらいの出血が長く続くようだったら電話をして病院に来て、

くらいだったかな。次の診察は1週間後。

無事に退院手続き。この日も天気が良く助かった。思えば、丸2日間太陽光を浴びていなかった。太陽って大事!日光浴がしたくて昼食がてら少し散歩をする。寒くても嬉しい。

飲食制限がないおかげで好きなものを食べて過ごした。病院食は美味しかったけれど、やはり味気ない食器で病室で食べるのでは、楽しくない。調子に乗ってマックのポテトまで食べてしまった。


それから数日は家の中で、洗濯するくらいは動いたけれど、あとは安静にゴロゴロ過ごした。出血は生理2日目くらいのが続いていて、夜用ナプキンor多い日昼用が必須という感じ。そして術後2日目、何となくお腹と腰が気持ち悪いなぁ、、、と思い、夕方から2時間ほど昼寝をした後、トイレに行くと直径2cmくらいの丸々した血の塊が出た。おおお、と思わず凝視したが速攻でトイレにバイバイ。後から、保存して先生のところに持って言った方が良かったのかも、と後悔したが、5日間も持っていたくないし、きっと新鮮じゃないと意味がないだろうと納得した。

これが先生が言ってた残りの溜まりだろうと思われたので、出てくれてホッとした。これから出血も減るはず!と、元気が出る。


とはいえ、すぐには出血は収まらなかった。徐々に量は減っているようだったが、それからも3日くらいは多い日昼用がいる感じで、身体も全快とまでは行かず、電車に乗ったり人混みの中を歩いたりする勇気がなく、家でゴロゴロしていた。術後6日目には、生理5日目くらいの量に収まり、元気も取り戻してお気に入りのカフェに行けるほどに回復。薬もこの日で終了。さぁ、職場復帰も目前だ。



続く。



稽留流産のこと5

いよいよ手術当日。水が飲めるギリギリの5:55に看護師さんが起こしてくれた。有難い!

昨晩は何度かうなされたり嫌な夢で目が覚めた。全身が汗だくだった。その割に、緊張のせいか微熱まである。その上、便秘気味。最後の排便時間を聞かれるのだが、微妙。本当は腸や膀胱が空の状態で手術した方が良いのだろうけれど…

手術は午前中なので、術衣に着替えてトイレを済ませていざ手術室へ。控室で待つ家族と別れて看護師さんと2人で入室。

入院した当初から各場面で、患者の名前チェック(本人に名乗らせる&手首の入院タグで名前確認)が徹底されているという印象を受けていたが、手術室でのそれはさらにすごい。まず患者は自分で名前を名乗り、今日はどこの手術を受ける予定か部位を言う。さらに、連れてきてくれた看護師さんが手術室全体の入り口と、実際に手術を受ける部屋とそれぞれで、引き継ぐ看護師さんに私の名前を言って確認する。なるほどこれなら取り違えは起きないだろうけど、高齢者は大変だなーと思ったり。


いざ手術台に寝転ぶと、麻酔の先生とか主治医、看護師が次々と顔を覗き込んで名前を言って挨拶してくれる。全部は覚えてられなかったが、安心感があった。手の甲に点滴管を入れて痛み止め、麻酔の順に入れられる。

「(手の)針の入ったところが痛いです」といったら、腫れなどないことを確認した上で、「薬が入っていくとき痛いかもしれないですね」と言って、誰かが手の甲をそっとさすってくれた。それで痛みが和らいだ気がする。そんなことを思っているうちに眠りにつく…


次の瞬間、名前を呼ばれて目を覚ます。「終わりましたよー!」すごいな麻酔。一瞬の出来事だ。朦朧とする意識の中で、「無事に取れましたか?」と聞くと、主治医が、「はい!あ、取れたもの見ます?」と言ってくれたので頷くと、瓶に入った物を顔の前に出してくれた。赤いものがゆらゆら、、、中に白いものもあったような、、、でも意識が朦朧としていたのでよく覚えていない。ただ、見せてくれたってことはうまくいったんじゃないかな、と淡い安心感を得る。

手術台からベッドに移されて、ベッドのまま移動。途中で家族も合流。言葉になったかわからないけど、笑顔になれたかわからないけど、私は元気だよだ伝えたくて、微笑んだり何か言った気がする。

病室に戻る。この辺のことはあまり記憶がない。しばらく経ってからかな?主治医が診察に来た。その頃には意識もだいぶしっかりして来たので、歩けます、と言ったが、病室から診察室まで歩く間に激しい貧血を起こし看護師さんに支えられる。診察後、主治医からは、まだ血のたまりが内部に残っておりそれがでてくるはずだから、しばらくはナプキンをして交換する際には看護師さんに渡すようにいわれる(ナプキンの重さを測って出血量を確認するため)。診察中からどんどん貧血がひどくなり、歩けなくなって車椅子を借りる。

貧血のせいか、麻酔の副作用かはわからないが、気持ち悪くなって2回はいた。ただ昨晩から何も食べていないので胃液らしきものしかでない。酔うと貧血になる体質なので、酔っ払った後に満員電車に乗ってる時と似てるなーと思う。そう思っただけで、酒などしばらく口にしていないのに気持ち悪くなる…点滴を入れられながらしばらく眠る。

寝たり横になっていたら、数時間で貧血状態は回復してきた。14時頃には飲食も許可された。夕方には点滴も外された。ただ、次に入れることがあるかもしれないので、手の甲の針とシャント?は挿したまま。これが結構痛いのと気になってうまく眠れない。でも贅沢は言うまい。貧血から解放されてご飯が食べられるのだから。

出血は、生理の一番ピークの時のような感じが続く。は昨日まで便秘だったのに今日は下痢になったり、微熱も続いていた。が、気持ち的には徐々に上向き。

主治医は夕方にもう一度顔を見に来てくれた。それは嬉しかったが、先生が言った「この手術を受ける人にしては出血量が多かったから」が気になってしまう。体質の問題なのか、もしかして手術がうまくなかったからなのか…取りきれていないのか…こういう時は、マイナスな方向にばかり考えが行きがち。

その後も安静のために横になって過ごす。明日の診察次第。


続く。


稽留流産のこと4

そして迎えた再診の日。空は晴れ渡っていてこの時期にしては珍しい暖かさ。嫌なことがある日、天気が良いと少しだけ救われる。

診察を待つ。今日は予約があったのでそんなに待たずに済んだ。いざエコー。画面を見せてもらいながら説明を受ける。胎嚢は見えたが、赤ちゃんが居なくなっていた。萎んでしまうこともあるんだなー。

覚悟はできていたので、最初のときほどショックは受けなかった。手術についてもう一度説明を受けて、入院の手続きに入る。ブログ情報では、日帰りか1泊2日だったが、この病院では2泊3日とのこと。

スケジュールは、

1日目  諸々検査、手術のための前処理

2日目  手術

3日目  診察して問題なければ退院


待合室で夫に「大丈夫?」と聞くと、「そっちこそ大丈夫?」と心配された。でも不安そうな夫の顔を見るとその方が心配になる。

心電図、胸部レントゲン、採血、尿検査を受けていざ入院。基本的に体調は悪くないので、周りの患者さんやテキパキと世話をしてくれる看護師さんに申し訳ない気もしてしまう。

なんて思っていられたのは、最初の数時間だけだったのだが。


午後、手術のための麻酔科の説明とインフォームド・コンセントがあった。ネット情報で全身麻酔と知ってからかなり不安に思っていたが、全身麻酔にもいろいろ種類があるらしく、今回のものは点滴で入れて、点滴を止めたら5分くらいで目覚めるタイプのものとのこと。ちょっと安心。


そのあと、産婦人科の主治医が病棟に来てくれて、今度は手術本体のインフォームド・コンセント

手術は、膣から子宮内に器具を入れて中の胎児組織やその他の内容物を取り出す、という方法。どこか切ったり縫ったり穴開けたり、なんて事はしない。手術器具を入れやすいように、前日の今日、膣に海綿的な物(膨らむやつ)を入れて、通り道を広くしておくための処置をするそうだ。

手術自体はそれほど難しくない。しかし、確率が低いとはいえ、数々の恐ろしいリスクや合併症について聞かされて、医師には説明義務があるからと自分に言い聞かせつつも不安な気持ちが大きくなる。同席した夫も母親も緊張しているのが伝わってきた。

一番恐ろしいのは、子宮の中を傷つけたり、子宮の壁をつっきってお腹にまで穴を開けてしまう可能性… 反対に、全部取りきれなかった場合には、後日もう一度手術を受けなければならない可能性もあるそうだ。それら全部を承知した上で、同意書にサインしなければならない。

目の前で先生が待っているし、細かく書かれた文書のすべては読めぬまま、署名する。

これがICの現状か…重い手術のときは、しばらく待ってくれたり後から提出できたりするんだろうけど。


そしてさっそく、手術のための前処置が始まる。事前に看護師さんから、「これ結構痛いかもしれない>_<」と前情報をもらっていたし、ブログでも前処理が痛いと書いてあったので覚悟はしていたが、


本・当・に・痛・か・っ・た!!


処置は、産婦人科で使われる診察台(座って脚をガーッて開くあれ)で行われた。前述の通り、膣内に膨らむものを突っ込む(タンポン入れる感じをイメージしてた。でもちょっと違った)のだが、突っ込むために子宮の入り口(と言ったように聞こえた)を掴まれる。

「ちょっと痛みますよー」と声をかけられたがマジで痛い。イメージはピンセットで子宮を挟まれて引っ張られてる感じ(カーテンを敷かれているので見えずどんな状態かはわからないが)。そして引っ張ったままの状態で、例のブツを挿入する。

先生たちが「Mかな、Lですかね」と話していて、こんなものにもサイズがあるのかと感心する、なんて余裕もここまで。

Lでいけそう、みたいな声がしてブツが入れられたのだが、うまく入らないらしく、「これ以上入らないです」という声が聞こえてくる。あれやこれやと角度をずらして入れようとするも無理で、そのうち私の方は痛みで脂汗が出てくる。

横腹をさすったりおでこに手を当てて気を紛らわすも痛くて辛い、、、ちょっと形容しづらい痛み。下の方では、諦めてMに変更するというような会話。しかしそれでもうまく入らない。

フーッと私が息を吐くと、「息を吐いて力抜いてくださーい」と声をかけられる。無理と判断した先生が交代して、指導してた先生が再びチャレンジ。お尻のあたりに触って「力抜いてくださいねー」と言われて初めて、腰付近に力が入っていたことに気づく。だって痛いもん!痛いとき、人間て自然と身体に力が入りますよね。めちゃくちゃ痛いのにリラックスして身体の力を抜けって、結構無理な要求だ(汗

しかし早く終わって欲しいので頑張って力を抜く。この辺ではもう心の中で「早くしてくれー!!」と叫んでた。でもきっと出産はこんな痛みじゃないし、もっと長い時間続くんだから、これくらいでへこたれてはいられない、と自分を鼓舞する。

そうこうしているうちにやっと入って終了。終わったしまえば全然痛くない。される前は、中に物を入れてる状態が痛いのかと思っていたが、痛いのは入れる間の挟んでいる時だけだった。

それで本日のお仕事終了。夕食は食べられたが、夜は21時以降は水・お茶以外の飲食禁止、明朝6時以降は水も禁止。

お腹いっぱいだったけど、何となく後で寂しくならないようにと、21時ギリギリにジュースを飲んだ。



続く。